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息子20歳になりました

息子が20歳になりました。

 

成人年齢が18歳に引き下げられ、もう成人していることにはなりますが、二十歳になり『大人』となりました。
ここまで成長してくれたことにあらためて感謝した一日でした。

 

自閉症と診断されたのが2歳半くらいのときでした。
いつもニコニコとして本当にかわいいなぁと思いながらも、1歳になる頃にもお座りができず、発語もなく、転がって、車のおもちゃを一列にひたすら並べて、『たっーたっー。』とつぶやきなが車輪をながめていました。

 

1歳半くらいになってようやくつかまり立ちができ、その後歩きだすと、公園に行っても砂をたべたり、車めがけて飛び出したり、とにかく目が離せなくなりました。
ちょっとしたことでかんしゃくをおこし、激しい泣き方はとまらず、夜も寝ないまま毎晩どうしていいかわかりませんでした。
発達の違和感を感じて、調べてたどり着いた大学病院で、自閉症だろうと診断されました。

 

2歳になる頃はパニックも激しくなり、公共の乗り物にも乗れず、泣き叫ぶ息子をどうすることもできないまま、毎晩私も泣きながら息子と夜中を過ごしていました。

 

鹿児島の病院の臨床心理士の先生も相談に乗ってくださり、このままではお母さんももたないから、と療育施設を紹介してくださり、3歳になる前に通園できることになりました。
鹿児島のひこばえ学園に入園することができ、先生方の優しさにふれ、心から救われました。同じ悩みを抱える同級生のママ達との交流にも救われ、一緒にがんばって生きて生きていこうと思えるようになりました。

 

重度知的障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)
を併せ持つ自閉症の息子の幼少期から学齢期は1分もじっとしていないような状態でした。
マンションのベランダ13階からよじ登って降りようとしたり、ベランダから家の食器が1階に全部投げ捨てられていたり、目を離したら鍵を開けて居なくなってしまうので、窓を開けられないように養生テープを張り巡らせたり、すごいことしてたなぁと思います。
行方不明になったり生きた心地がしないことが多かったです。

 

赴任先の鹿児島から福岡に引っ越したのが、小学4年生のときでした。
環境の変化に弱く、引っ越しの不安もありましたが、新しい学校、友人、先生方、保護者のみなさんもとても優しく福岡の生活になじんでいきました。
引っ越しはひとつ成長のポイントになりました。少しづつ、言葉の理解もでてきましたが、まだまだ一方通行の会話しかできませんでしたが、とにかくたくさんのことを経験させたいと思い、水泳、音楽、リトミック、ダンス、書道、マラソンなど障害を持つ子ども達が参加できるサークル活動に一緒に通い続けました。
外に出たら迷惑をかけることも多かったのですが、とにかく一緒に出かけ、買い物にもたくさん連れていきました。

 

『ニコニコ笑顔とありがとう』

 

これだけは常に伝えてきました。
息子の高校時代の学校の書初めは『笑顔』と書いていて、とてもうれしくなりました。

 

高校を卒業し、大好きな音楽のお仕事ができるJOY倶楽部に入り、社会人としての新たなスタートを切りました。
ひとりで通勤することができるようになる日がくるなんて、昔の息子からは夢のようなこと。

 

携帯電話を使って自分を表現したり、電車に乗って移動できたり、ひとりで公園に寄り道して帰ってきたり。
本当にこんなことができるようになれるんだ、と人間の可能性を感じています。
あきらめずに繰り返すことで、かならずできることは増え、夢が広がることを息子から教えられています。

 

毎日何十回もありがとうのメールをくれます。
朝送り出してからすぐにそのメールがきます。

 

人生におけるたくさんの経験をさせてくれている息子、ささえてくれている家族、関わってくださっている周りの方々に心から感謝しています。

 

これからも息子ともどもどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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